8月20

オーストラリア、メルボルン日本人学校
地図上でシドニーとメルボルンは目と鼻の先だが、実際は1200キロも離れている。この大陸はとてつもなくデカイのである。シドニーから最終のフライトでメルボルンへ。夜11時半に空港からタクシーでホテルへと向かった。

翌日午前中、メルボルン日本人学校では小学部の保護者による授業参観が行われていて、そのあと保護者も残ってくださり講演をさせていただくことになっていた。生徒たちはテキパキと会場に暗幕を張ってくれたりスクリーンを用意してくれたりしてあっという間に準備が整った。講演まで時間があったので授業をのぞかせてもらうと、生徒は少人数、英語の先生はオーストラリア人(あたりまえ)で、恵まれた環境である。日本人の顔をした子が普通に英語をしゃべったりしている(ううむ)。今日はどんな質問が出るだろうか、楽しみだ。

生徒と保護者あわせて150人ほどにご参加いただき、自分もフランスの日本人学校で過ごした時のことから話し始めた。保護者も大勢いらしたので家族の話もした。子どもたちはとても反応がよく、質問タイムには答え切れないほどの質問がでた。「一番大変だった病気はなんですか」「世界中の人の話していることはどれぐらいわかりましたか」「一番大変だったことはなんですか」「海はどうやって渡ったんですか」などなど。みんなの表情を見ているとどんな環境(国)であれ、国籍も年齢も関係なく、人はやはり「夢を持っていたい」「前向きに生きていきたい」という願いは変わらないことを感じて勇気付けられる。オーストラリア人の先生も、日本語がほとんどわからないのに最後までつきあってくれた。日本から持ってきた拙著「やった。」もすべてなくなった。

翌日はユースホステルに宿を移してメルボルン市内を歩いた。せめて「グレート・オーシャン・ロード」というオーストラリア大陸が垂直に海へ落ち込む激しい断崖絶壁へ行きたかったが、移動が続くので断念した。明日は朝6時の飛行機で日本へ戻らなくてはならない。メルボルン美術館や自転車屋めぐり、メイヤー、デイビットジョーンズという百貨店で日用品をのぞいてゆっくり過ごした。シドニーに比べて坂が少なくこぢんまりとして歩きやすい街だった。

ところでオーストラリアでは自転車に乗る際、ヘルメットの着用が義務付けられている。自転車で走る人たちはスーツ姿でもきちんとヘルメットをかぶっていて、見ていて気持ちがいい。女性も子どもも関係なく必ずかぶる。事故が起こって頭を打ったら、いくら相手の車が悪くても「終わり」である。お金をもらっても取り返しのつかないものがある。日本人も見習わなくてはならない。ヘルメットは必需品、自分のためだ。

今回オーストラリアへ渡るにあたってさまざまな人を紹介・情報を提供して下さった方々、学校関係・プレスの皆様、現地在住で一緒に食事をしていただいた方など、大変お世話になりました。

メルボルン日本人学校の様子はこちら