8月7

長野県飯田市に帰省していた大学生Y君が、一晩悩んだあげく名古屋まで一緒に走ることになった。彼は東京から戻り何をするでもなく過ごしていたので、珍しく僕から声をかけたのだった。忘れ去られたように置いてあったマウンテンバイクの後輪はタイヤが破れてスポークも折れ、変速機のワイヤーは切れているし、チェーンは真っ赤に錆びてガシガシに固まっていた。大丈夫かぁ、これ……。

出発の朝、予定より1時間遅れの7時にスタート! Y君のお母さんは心配そうだ。「疲労回復と熱射病対策に梅干を持った方がいい」と言うと、手作りの梅干を半年分位(!)ビニール袋に詰めてあげていた程だから(笑)。自転車は昨日1万円かけてバッチリ整備してある。

飯田市から名古屋までは150キロくらい。距離にすると大したことはないが、途中大きな峠を越えなくてはならない。何度も地図を見直して1094メートルの清内路峠を越える事に決めた。標高差600メートルを一気に上らなくてはならない。Y君の自転車歴は高校通学に使っていた程度というが、ガッツはありそうなので何とかなるだろう。日本だし。

黙々と峠を登っていると汗が噴き出してくる。しかし山の空気はうまいし日陰は涼しいので苦ではない。後ろを振り返るとY君はちゃんとついてきている。たいしたもんだ。しかし2時間近く登り続け、巨大な杉の木の前に来たとき「もうだめだ!」と声をあげて自転車を降りてしまった。口数の多くない彼は限界に達したようだった。僕らは自転車を押して歩き始めた。山の端が近くなってきたがまだまだ坂は続いている。休んでばかりいると却ってペースがつかめずに疲れるものだ。励ましながら登り続けた。「そろそろ乗ろうか?」「……」彼は首を振る。「そろそろ乗るか?!」「………」。やがて対向車がヘッドライトを点けたまま下ってくるようになった。やった、峠だ! 車はトンネルを抜ける時に点灯するので、間もなく峠ということがわかる。「乗るぞ!」僕は自転車にまたがって登り始めた。Y君もヨロヨロと乗り始め、カーブを4、5個過ぎたあたりでついに峠のトンネルが見えてきた!「やった!峠だ!!」 彼にとってまさに文字通り「峠を越える」という感じだっただろう。やればできるんだ。

南木曽へ下り、中山道の妻籠宿を抜けひたすら名古屋へ。90キロ走ったあたりで照り返しの暑さもあり、Y君の集中力がなくなってきたので宿を探すことに。この暑さは慣れないと相当しんどいはずだ。今日は38度まで上がっていた(本日の日本最高気温)。岐阜県瑞浪市で安宿を見つけて倒れこんだ。彼は横になったまま、静かに何か思いを噛み締めているようだった。僕も今日が無事に終わって正直ホッとした。明日は名古屋到着だ。