8月8

今日は飯田市の大学生Y君と名古屋までの残り60キロを走る。宿で朝食をすませて午前7時半スタート。まだ太陽が低いので暑さも苦にならない。昨日は一日中走りっぱなしだったので疲労が残っているかと思ったが、Y君は元気そうだ。彼のふくらはぎが日焼けで真っ赤になっているのに驚いた。

地図を見ながら国道で名古屋駅を目指した。国道なら自転車が走れる路肩がある。名古屋が近づくにつれドライバーの運転が乱暴になってきて恐ろしい。中学1年の時、兄と兄の友達と3人で東京から大阪まで走ったが、その時も名古屋の運転は恐ろしかったことを覚えている。

途中国道を出入りする大型トラックにひやひやしたが、Y君も遅れながらついて来ている。万が一のため僕のヘルメットとグローブを彼に貸しているが、事故が起きたらこっちが悪くても相手が悪くてもその時点で旅は終わりである。

水分と梅干の補給を何度も繰り返し、ついに名古屋市へ。「名古屋市」の看板をバックにY君はガッツポーズ! 次に信号で止まった時、「次のコンビニで休憩しようか」と振り返るが、彼はうつむいたまま返事がない。おかしい、様子が変だ。何か悪い事をしてしまったのだろうか・・・。その時、彼が顔を上げた。彼は目を赤くして泣いていたのだった。自分の内面と向き合っていたのだろう。僕も気持ちが言葉にならず、信号が青になるのを待って再びペダルをこぎ始めた。

最後の長い市内の走行を終え、昼過ぎに名古屋市駅近くの宿へ到着。2人で遅いランチをとって無事到着を祝った。僕は夜の講演準備をあわただしくすませ、早めに会場へ。パタゴニアでの講演は毎回コアなお客様が多く、スタッフもとても協力的なので僕も楽しみだ。会場には60名程の方にお越しいただき、初めての名古屋開催という事もあり、12年ぶりに再会した友人、ブータンでお世話になった元青年海外協力隊の海士部先生、「大阪の人に勧められて」と十数人でお越しいただいたグループ、遠くは大阪・京都からも集まっていただいた。

講演の最後にY君を紹介した。彼は照れくさそうに前に立ち、マイクでしゃべり始めた。
「……今回、母親の作ってくれた弁当をあれほどおいしいと思ったことはなかったです。自分は母親をはじめ、いろんな人に支えてもらっています。……本当にダメだと思った時、心の持ちようで何とかなるというのは本当でした……」
言葉が胸につかえて出てこないことが何度もあったが、長野からここまで走ってきた感想をみんなに伝えてくれた。後日、参加者から「Y君の体験は母親としてとても嬉しかった」とメールをいただいた。

長野に戻ったY君からもメールが届いた。「……少し時間が経って自分の知っている人たちの姿を思うと、今まで見えているはずなのに見る事のできなかった部分があって、はっとさせられます……」。

僕はこれまでに出会ってきた沢山の人の導きをペイフォワードできる相手がいるということ、またそれができる環境にいることをとても幸せに感じている。
Y君との走行の様子はこちら