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前略 ご無沙汰しております。いかがお過ごしでしょうか。
私、坂本 達は長年の夢 叶いまして、自転車での世界一周に出てから1年と4カ月、ロンドンからヨーロッパ・ アフリカ大陸を縦断し、ようやくアフリカ最南端の喜望峰に到りました。予定よりだ いぶ遅れての到着ですが、計25カ国、距離にして約19,000Kmを走っています。 日本での多くの方々のご協力とご支援、旅先での出会いに支えられ、いくつかの病気 は経験しましたが、大きな事故もなく元気に辿り着くことができました。  出発以来の様子をわずか数ページで報告するのは到底無理なのですが、お礼と報告 を兼ねて、少しでもお伝えできればと思い、アフリカ最後の土地でまとめてみまし た。写真・地図・新聞記事なども交えましたので、これから少しお付き合い頂ければ 幸いです。 1995年9月末から1996年1月中旬  ロンドンからヨーロッパを南下、スペインまで 1996年1月18日から1997年2月21日 モロッコからアフリカ大陸を南下、喜望峰まで

course map


Europe

 夢が現実のものとなり、「夢」とは、寒さ・雨・雪・風の中、40Kgの荷物を積ん で、野犬に吠えられながらペダルをこぐことだと知る。アフリカ大陸へ進むための 「洗礼」だと思って、ひたすら耐えた。冷え切った手・足・膝を温めてくれたのは、 いつも土地の人の温かいもてなしだった。  スペインを走る頃は、体調・精神的にも安定し、予定通りアフリカへ駒を進めるこ とにする。日本を出て最初の正月を、スペインのマドリッドで迎えた。


North Africa

 ちょうど、ラマダン(断食)の時期に入国。イスラムの世界を目の当たりにする。  マラケシュやフェズのメディナ(旧市街)は、昔と変わらぬ生活・職人が生き生き としていて、心が躍り出すほど刺激に満ちていた。日本人好みのモロッコ料理、甘い ミントティーのもてなし、雪の積もるアトラス山脈、そして砂漠。ベルベル人の、涙 がでるほど素朴な家族に世話になったことは、今も鮮明に思い出される。  偽ガイドや睡眠薬強盗にもあわず、不安ながらも「なんとかなりそうだ・・・」 と、これからのアフリカハード行に思いを馳せる。  モーリタニアでは何と日本人サイクリスト井戸君に出会い、1カ月程ペアランするこ とに。西サハラは日中、48度まで上がった。一度熱射病で倒れたが、梅干しと水で回復。


West Africa

 日中は暑くて走れないので、夜明けと同時に走り始め、昼過ぎに走行を中止。通り がかりの村で、村長に寝場所と食べ物を訊ねる日が続いた。話題の少ない小さな村で は、自転車の東洋人訪問は、2週間にわたってトップニュースになるらしい。朝起き て、何キロも先の村から私を見にやってきた、という人に会ったこともある(もちろ ん歩いて)。  セネガルの首都ダカールに着くと、高熱が出て倒れる。早くもマラリアかと思い血 液検査をするがネガティブ。同行の井戸君に何度も助けられている。  アフリカではマラリアに罹らないように、夜は蚊帳をつる。ただでさえ昼間の熱が 残り暑くて眠れないので、夜は夜で地獄になる。浴びる水もなく、いつまで経っても 月の位置が変わらずに、本当に夜が明けるのかと気が狂いそうになったこともあった。 それでもいつしか眠りに落ち、朝になると目が開いた。これはこれだけで物凄い感動 だった。この頃の平均走行距離は1日40Km。  ギニア共和国の奥地では、悪路・猛暑・不衛生・疲労が重なってついにマラリアを 発病。抵抗力が落ち、赤痢も併発。一帯で最も多い死因の病気2つに罹る。電気も何 もない村だったが、偶然いた献身的なギニア人医師に命を救われた。曰く、「君がギ ニアにいる間は、俺が面倒をみる」と一銭も受け取ってくれなかった。  なかなか出て行かない寄生虫を腹に入れたまま、西アフリカのニューヨークと言わ れるコートジボアールの首都アビジャンへ。JICA、商社の方に色々とサポートし て頂き、体力気力も回復。つくづく一人では進むことができないことを実感。中央ア フリカという山場を越えるために、あらゆる意味で重要なポイントとなった。  ガーナあたりから雨期が始まり、ベニンへ着いた時、街中は大洪水。ナイジェリア は国中が大混乱に陥っていたため、ビザすら下りずに、やむなく空路でカメルーンへ。  西アフリカでの主食はマニヨック(ヤムイモ)やバナナプランテーンに、肉(鶏・ 牛・ヤギ)をピーナッツソースで煮込んだものをかけたもの。野菜が少なく、極力果 物をたくさん食べるようにしていた。西アフリカではオレンジ・マンゴ・バナナ・パ イナップル・スイカのどれか一つが道端で売られているので、質を問わなければ大抵 口にすることができた。

<<西アフリカの出来事ベスト3>>
1位 女性が立ち小便をしているのを何度も目撃。ショックを受ける(トーゴ)
2位 子供の野糞を見ていたら、ウンチに混じって寄生虫が出てきた
(コートジボアール)
3位 村に泊めてもらった時の多くは、村長とさしでご飯を頂いた
(家族は残り物を 食べるので、必ず残さなくてはならなかった)
次点 暑さのため、立てたロウソクが曲がってしまい使えなかった(ギニアビサウ)


Central Africa

 カメルーンの南部には、本当にピグミー(平均身長120cm)が暮らしていた。彼 らは昔ながらのバナナの葉と枝の家に住み、物をほとんど持たない。獲物が捕れれば みんなで分け合い、煙草をもらうとみんなで吸ってしまう。当然痛みや苦しみも分か ち合いで解決するのだ。近代文明を羨ましがる訳でもない彼らは、もしかしたらこの 世で一番進んだ文明を持っているのではないかと思った。生活環境は相当厳しいもの ではあったが。この地帯は熱帯ジャングルなので、ゾウ・ゴリラ・ヤマアラシ・クロ コダイル・サル・イモムシ・ナマズ等を食べながら走った。1日の平均走行距離は約 50Km。3〜4日に一度休息日を入れた。  道路事情が非常に悪いために、コンゴのジャングルは川で移動するところがほとん ど。私は密林を流れるコンゴ川1,000Kmを木材貨船で11日間かけて下った。船上で は、昼間はツェツェバエ(眠り病)、夕方からはハマダラカ(マラリア)と戦い、コ レラかエボラで村を捨ててきた村人が船に乗りこんだりしてきて、気を失いそうなこ との連続だった。が、唯一の白人(アフリカでは日本人も白人になる)だったことも あり、1日3回食べ物を作ってもらったり、売り物のベニエ(揚げパン)をこっそり分 けてもらったり、母親のような優しさが身にしみた。思い出として残っているのは、 やはり人の温かさと、日が沈めば必ず日が昇り、太陽が高くなると朝もやが消えてい くといった、自然の営みの美しさだ。

<<中央アフリカの出来事ベスト3>>
1位 ジャングルの奥の奥地で日本人のシスター・スエヨシに、おにぎり弁当を作って もらった<梅干し入り>(カメルーン)
2位 貨船のエンジンが出す排ガスで、サルの丸焼きを作っているのを目撃
(コンゴ)
3位 ヤウンデで強盗に遭いかけるが、空手ができると勘違いされ助かる
(カメルーン)
次点 首都プラザビルから隣国ザイールへ国際電話回線を回さなくてはならず、 2日間汗ダラダラになってトライしたが、結局不成功に不成功に終わった(コンゴ)


East Africa

 日本でも大きく取り上げられたようだったが、ザイール東部で民族紛争が激しくな り、通行が不可能に。涙をのんで、コンゴからケニアの首都ナイロビまで飛ぶ。近代 都市ナイロビでは、血液・便・尿の検査と追加予防接種を済ませて、喜望峰までの 7,000Kmアフリカ最後のステージに備える。  マサイマラ国立公園で見たキリンの目の美しさに圧倒され、マサイ族の誇り高さに 感動した。「本物」に惹かれることは、ごく自然なことなのだと改めて確認する。  アフリカ最高峰のキリマンジャロ登山---間違いなく圧倒的な存在感と神秘的な空 気を漂わせる山。5,895m登頂の日、ロンドンを出発以来最も苦しい一日を経験した が、同時に、すべてを浄化してしまう神聖な空気と、360度のズバ抜けたパノラマは 一生忘れることのできないプレゼントとなった。  タンザニアの首都ダルエスサラームでは、足の裏に刺さっていたトゲの部分から血 と膿が止まらず、日本大使館の医務官に手当をしてもらう。ここでは縁あって多くの 日本人と知り合うことがきで、またその方々皆が私のやっていることをきちんと理解 して下さり、あらゆる面からサポートして下さった。お蔭でダウン気味だった士気も 高まった。

<<東アフリカの出来事ベスト3>>
1位 高山病で頭ガンガン、胃はゲロゲロ、足もとヨロヨロの、キリマンジャロ山征服
2位 集団割礼の儀式を見ていたら「日本にはないのか」と言われ、されそうになる
3位 ナイロビ市内で昼間、白人男性が5人組強盗に襲われるのを目撃、走って帰った
次点 名門自転車専門誌「フィールド・バイカーズ」に私の旅の連載が始まる!
(1位・2位はタンザニア、3位はケニア)


Southern Africa

 4年前に内戦が終わったばかりで国も貧しく、食べ物も少なかったモザンビークの走 行は困難を極めた。もらえる水は白濁していた。蚤・ダニ・南京虫に一番多くやられた のもこの国。しかし手つかずの海や自然はこの上なく美しく、特に北部海岸とモザンビ ーク島は最高だった。このあたりは観光の足がのびていないためか、人も最高に素朴だ った。  日本を発ち2回目のクリスマスは、南部アフリカ観光のハイライト、ビクトリア・フ ォールズで迎える。満月の夜、落差110メートルの滝に月明かりで虹がかかるのを知っ ていますか?なんと、クリスマスの夜は偶然にも満月でした。  野生のゾウが横断する国道を走って、カラハリ砂漠へ。途中、オカバンゴデルタにて 新年をテントの中で迎える。「赤砂漠」として知られるナミブ砂漠は、実際アプリコッ ト砂漠だった。今までいくつも砂漠は見てきたけれど、こんなにスケールのデカい砂丘 は初めて。ナミビアから南アフリカ共和国までの道は恐ろしく単調で、街と街との距離 が思い出すだけで熱が出るほど離れていて、四方八方から吹き荒れる風が走る気を無く させた。  かくしてアフリカ大陸でペダルをこぎ始めてちょうど1年、「アフリカ最南端」の喜 望峰に立った。あれほど長く遠かった、このアフリカの大地も終わってしまった。永遠 に続くと思っていた、このアフリカが終わってしまうのだ。アフリカの大地に、そこに 生きる人達の愛に、私は育てられたと思う。今改めて、私を育ててくれた大きな愛に感 謝したい。

<<南部アフリカの出来事ベスト3>>
1位 世界一の高さ300mの砂丘を歩く。下には25年ぶりの大雨で巨大な湖が
(ナミビア)
2位 カラハリ砂漠でプッシュマンの部落を訪ねることができた(ボツワナ)
3位 停電のため解け出した冷凍のエビ3キロをご馳走になる
(モザンビーク島に住む ジェームス&キョーコ夫妻)
次点 40Kmの直線を走る。前を見るとウンザリするので横を向いて走った
(ナミビア)

 ここ、南アフリカから3月2日にイタリアのローマまで飛び、そこから憧れのシルク ロードでアジアを目指します。今年私は29歳になりますが、この歳になっても、こう して好きなことを応援してもらいながらできる幸せを噛みしめています。  あと3年弱走り続けているうちに、日本だけでなく世界中が物凄いスピードで変わ っていくことと思います。その中で皆さんが活躍されていくように、私も負けないよう、 五感六感を開放し、変わっていく、また変わらない地球を私なりに見てやろうと思っ ています。  渡航中の住所は実家になります。近況など知らせて頂ければ、どこかの国からか返 事を書きます。どうぞ皆様もお元気で、またお会いできるのを楽しみにしております。 草々

1997年2月25日 南アフリカ共和国・ケープタウン
株式会社ミキハウス 坂本 達




PICS:
01, パリ・エッフェル塔にて。フランスの新聞の取材を受ける
02, スペインのサラゴザ〜マドリッド間。雨より雪の方が楽だ1995年12月
03, グラナダのアルハンブラ宮殿入口
04, モロッコは革細工でも有名。なめし〜染色工程
05, アトラス山脈、Tizi-n-Testの山小屋に泊めてもらう
06, アトラス山脈。雲が眼下に見える
07, ターバンは必需品。モーリタニアにて
08, ダカールまで200km以上の砂漠地帯。10〜15kmごとに地図にない小さな村が点在する
09, 途中で知り合った「トモ」こと井戸くんと
10, 美人がいっぱい! 泊めてもらった翌朝のひとコマ。セネガル
11, 同じく世界一周中のフランス人カップル Loubert & Jaques
12, 医者の看板。イラストが超リアル!
13, マラリアと赤痢の治療のために滞在した小さな村で。村長から鶏を一羽贈られる。ギアナ/カリア村
14, キニーネ(マラリアの予防薬)入りのトニック・ウォーター
15, イモとバナナをつぶして団子にする。コレを食べれば2.3日は何も食べなくても大丈夫?
16, ここから数多くの奴隷が連れて行かれた。(the Gate of no return) ベナン
17, コンゴへの道。ベルギー人のJames と David
18, 色々なマラリア予防薬&治療薬。地域によって異なる
19, 材木運搬車。カメルーンにて
20, 木製手作り自転車。カメルーンにて
21, 96年アトランタ・オリンピック開催日につき休息日
22, ピグミー族の女性。バナナの葉と木の枝で数カ月に一度のリフォームをする
23, 蝿の大群がつきまとう
24, コンゴ河を下る大きな材木運搬船。エンジンの排気ガスでサルを蒸し焼きにしている
25, 一週間の船上生活。浄水器は欠かせません
26, マサイ族の衣装を着てみました
27, キリマンジャロ山登山中。高山病に悩まされる
28, キリマンジャロ登頂!
29, 未婚の女性は白い粉で化粧をする。 肌がきめ細かくなるそうだ。鈴木その子ではない。北モザンビークにて
30, モザンビーク国立公園にて。「車から降りないように」と言われても?
31, 「ゾウに注意」
32, スコール。ジンバブエ
33, ナミビアに住む心理学者のDr. Peterと彼の飼っている亀
34, ナミブ砂漠
35, 砂漠に巨大な湖が出現!
36, 喜望峰にて

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