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前略 大変ご無沙汰しております。お元気ですか。私は日本を発って早くも2年5カ月目を迎え、現在ヒマラヤの麓、ネパールにおります。「世界の屋根」チベット高原からヒマラヤ山脈を越えて走ってきました。前回、南アフリカのケープタウンよりニューズレターを送らせて頂いてから1年近くになりますので、最新のレターをお送りします。少しでもこちらの様子が伝われば幸いです。

東洋と西洋の接点イスタンブールから、一路アジアを目指して

1年かけて縦断したアフリカ大陸最南端から、わずか10時間でユーラシア大陸に飛んできたショックもあったが、人も文化も大きく違うのに戸惑う。左手で物を受け渡したり食べたりするのに抵抗を感じ、イスタンブールに棲息する、スキさえあらば旅行者を食い物にする男たちに憤りを感じた。  新しい大陸へ、新しい価値観に触れに来ているはずなのに、気持ちがアフリカに残る日が続く。が、やはり、その緊張をほぐしてくれたのは、ペダルをこぎ始めてから出会ったトルコの人たちであり、彼らの素朴で温かいもてなしだった。  この国で一番印象に残っているのは、なんといっても「チャイ」。チャイはいわゆる紅茶で、トルコ人が一日飲んでいるモノ。自転車で走っていると道端から「チャイ?」と、チャイをかき回す仕草で誘われる(残念ながら誘ってくれるのは男だけ・・・)。ガソリンスタンドで休憩しててもチャイを出してくれる。店を覗くと呼び止められてチャイ。一言交わすとチャイ。地図を広げて見ていると、寄ってきて「チャイ?」  彼らは驚くほど、いつでもチャイを飲んでいる。市場で野菜を売るオッチャン、銀行窓口のお姉さん、トラックの運ちゃん、料理人、警察官・・・。仕事中でも飲まないと死んでしまう、と思っているかのように彼らは飲む。誰か訪ねてくると、数件離れたチャイ屋にインターホンで出前を頼む。するとチャイ屋は、「あの人を殺してはならない」と思ってすっ飛んでくるのだ。  僕にとってチャイは、雪の降る道中、冷えた身体を温めてくれただけでなく、たくさんの思い出深いアルカダシ(友達)との出会いのきっかけにもなってくれた。  外から来た人を「神の客」と呼び、できる限りのもてなしをしよう、という言い習わしがあるのを知った。通りすがりの僕を、本当の息子のように面倒見てくれた農家の夫婦。陽が落ちてすっかり冷え込んでいるというのに、30分も歩いて安宿を教えてくれた中年の男。店のオヤジのミスで金銭トラブルがあった時、「旅行者にその態度は何だ!」と本気で怒ってくれた警察官・・・。  彼らは「またトルコに来るのか」とよく聞く。いずれ機会を作り、ぜひ訪れたい。

<<トルコの好きなモノ・コトベスト3>>
1位 洋の東西の味がミックスしたトルコ料理。ロカンタ(食堂)では、おいしいパンが食べ放題!
2位 どこまでも続く東部山岳地帯の荒涼とした山岳風景と、そこに住む心温かき人々
3位 家の中では靴を脱ぎ、チャイでもてなしてくれる日本的気配り

偉大なるイスラムと過酷な自然

寒さに凍えたトルコからイランに国境を越える。標高が下がり、気温は上がった。難解なペルシア語、地平線まで続く道路、乾燥した単調な景色、種類の少ない食事(家庭料理はその限りではない)。イスラムの戒律により、暑くても長袖長ズボンでの走行を余儀なくされる。「シンドイ、ダルイ」としか思えなかったので走りも冴えない。イヤイヤやってると、天候など自然も見方してくれず、何もかもうまく行かないことを実感するが、どうしても好きになれなかった。  思えば、この頃が精神的に最もしんどい時期だった。孤独で寂しくて、ハエが手の上を歩くだけで心地よく感じてしまうほどだった。「腐るほど眠りたい・・・」その一心で、首都テヘランにたどり着いた。  1400年前に殺されたイスラム・シーア派の英雄、イマーム・ホセインの命日「アシュラ」にぶつかった。3日間通して行われるこの儀式は、黒い布をかけられた街中を、上から下まで黒装束で固めたひげ面の男たちが交通をストップさせ行進する。左手を左隣の男の肩に、右の拳で自らの胸部を叩きそれを空に突き上げるように上下させ、つんざくようなマイクに続いて、称えるように声を上げねり歩く。列は途切れることなくどこまでも続き、中には感情が込み上げて泣きながら声を張り上げるイカツイ男もいる。それを見て涙する男がいる。アシュラを見に集まった大勢の女たちも黒のチャドルで全身を包み、道端からいつまでもいつまでも眺めている。身動きがとれないほどの人出と、信者の熱気に恐怖すら感じた。深夜になってもオレンジ色の街灯の中、うごめき続ける黒装束の様子は、とても現実のものとは思えなかった。  マシャドのイマーム・レザー廟(シーア派の聖地)では、礼拝の時間に千人単位の信者がズラッと並び、無心に祈りを捧げた。一方でイマームの墓に口づけをし、両手ですがって泣きながら祈る信者がいた。なぜか、見ている僕も泣きたくなる。信仰とは、一体何だろう。  イラン南東部は特に暑かった。息も満足にできない熱風の中、ポリスチェックを通り過ぎてからピーッ!と止められる。「ったく・・・」と引き返すと、「ほら、水だ」と年配の男がコップを差し出してくれた。濁った水だったけれど、全身の力が抜けるくらい嬉しかった。(写真は南東部の砂漠)  また何度か家に呼んでもらって食べた、冷たい自家製ヨーグルトとデーツ(ナツメヤシ)のもてなしは、外界の灼熱地獄とはまさに対極の天国だった。  ルート砂漠に入ると、毎日摂氏50度を越える。夜になってもドライヤーのような熱風がおさまらない日もあった。とても走れる状況ではなくなり、最後の300Kmはトレーラーに乗せてもらった。

<<イランの3大ビックリ!!!>>
1位 ガソリン1リットル4.5円!恐らくその為に、飛行機もバスも信じられぬほど運賃が安い
2位 市バスの乗降は、男は前、女は後ろから。中も仕切られていた。当然、夫婦も別々に乗る
3位 いたるところに冷水機が設けてあり、冷たい水が飲み放題。イランの生水はどこよりもウマイ

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